2015年03月16日

「原発反対」について


原発に関して少し書くと、いろいろご意見やご質問を頂きます。

今月末Jビレッジに行きますが

その前に1度きちんと私の考えを書いておこうとおもいます。


10年前の私は、「原発反対」という言葉を

何か「反社会的」だとか「攻撃的」な人達が口にするようなものだと思っていました。

それは例えばミュージシャンの忌野清志郎さんの曲が

発売中止や放送禁止になったりするような世の中を見ていて

そう思うようになりました。

だから私の考えとしては原発とは

「あんまり人前で話してはいけない言葉」というくらいの認識で

「原発」に対して賛成とか反対とかジャッジできるまでの知識もなく

そもそも「原発」と聞いてもちゃんと

「原子力発電」と結びついていなかったんじゃないかと今になって思う程

あやふやな知識でしかとらえていない言葉でした。


数年前、福島県双葉町でのコンサートに呼んで頂いた際

呼んで下さった町の担当の方は

とても誇らしげに福島第一原発まで車で案内して下さいました。

外から見上げながら、世界でも最高水準の技術だというお話を聞きました。

でも、原発というとあまり大きな声で話せない

いろんな人達もいるから…とおっしゃって

なんだかちょっと異様だなーと感じましたが

ただ、そこにいる方々は

原発が自分たちの町にあるということに対して本当に誇りを持っていらしたし

世の中のためになっている

最高の技術を持っているという自信を持っていらっしゃいました。

原発事故後有名になった

「原子力 明るい未来の エネルギー」という看板の下も通りました。


例えば農家の方々に

「お米や野菜を作ってくれてるんだな〜、そのおかげで食べられるんだ」と思うように

「電気を作ってくれてるんだな〜」というくらいの考えでした。


その後ボディーボードやサーフィンなど海で遊ぶようになり(ヘタレですが…)

海を愛し大切に思う方々から、たくさんの話を聞きました。

そもそも、人間の知恵や技術による豪華な生活やあり余る食事よりは

その日にたまたま採れたお野菜とお魚など

自然の恵みを必要量のみ頂いてシンプルに生きたいと思っていた私には

海での遊びはピッタリでした。

というのも、サーフィンは自分がやりたいと思った時にやりたいだけできるものではなく

その日の天気、風の向き・強さ、波の有無に大きく左右されるものであって

決して「波を乗りこなす」とか「制覇する」ではなく

まさに「自然に・地球に遊んでもらっている」というものなのです。

そういう「人間社会」ではなく地球レベルで

生きている・生かされているという考え方をする方々との時間は

私に大きな影響を与えました。

そしてそういう方々のおかげで

「生き物の中で人間だけが、自分本位で自然を、地球を変えてゆく」

ということに気付くことになり

彼らも当時から問題意識を持って反対していた六ヶ所村問題を深く知りたいと思い

そこで初めて原発について少しずつ知るようになりました。


「原発」は問題のある産業だ、でもそれに一生懸命力を注いでいる方々もいるし

誇りを持って働いている方もいらっしゃることも私は知っている。

それによって成り立っている町や、人々の生活があるし

実際その方々とも知り合ってきた。

ただ、核のゴミを処理できないまま、人間だけの便利さを求めてどんどんゴミを増やし

後世に問題を先送りにするよりは、私個人としては例えば風力発電とか

自然のものの方がいいなぁと思っていたし

私の1番の大親友が

世界一環境にうるさく信号待ちでエンジンがかかっていると車を蹴られる(笑)

というドイツに在住のため

日本の多すぎる照明についてはずいぶん前からよく話をしていて

実際私の家の電気は多分普通よりは少なめ

夜でも一般家庭より暗くムーディーな雰囲気を楽しんでいました。

TVも本当にほとんど見ない生活でした。


「原発」に対してそういう意識になっていた頃

東日本大震災と原発事故が起こりました。

震災3週間後から被災地には伺っていますが

やはり震災の年の夏までに福島県でお会いしたたくさんの方々

つまり原発事故の被災者の方から直接聞いたたくさんの

「原発は危険だ!」「安全だと言われて信じていたのに、全くウソだ」

「原発のせいで家族がバラバラだ」「津波にあった家族を探しにもいけない」

「東京で伝えてくれ!原発は絶対ダメだって!」

「ずっと原発を引っ張ってきた◯◯党には入れるな!」

「原発の恩恵は、個人としては受けていない」というような様々な言葉と涙で

「やっぱり原発はダメ!」と確信しました。

安全・安定・安値・クリーン、その全てがウソだった、と。

それは、数年前には原発を誇りを持って案内してくれた方も同じでした。


人の言うことを正直にそのまま信じることは

とても純粋な気持ちからの行為です。それ自体素晴らしいことです。

でも、全て人任せではなく、いろいろ自分から情報を求めて精査する行動は

決して人を信頼していないからの行動ではなく

自分で責任を持って選択をするための思慮深さから来る行動だと思っています。

「絶対安全だ、素晴らしいものだ、そういう国の言葉を信じてきた自分らも良くなかったんだ」

そう涙ながらに私に言ったおじさんの言葉が、胸に刺さっています。


私は現在、世の中の情報が全て正しい情報だとは、あまり思っていません。

それは、この社会は人々の思惑がたくさんたくさん絡んで成り立っている

と思っているからです。

現に「原発が動かなければ日本中が停電になり、生活が成り立たなくなる」

なんてウソでした。

今、原発なしで日本の電気は足りています。

それどころか、原発事故後、節電されていた幹線道路や高速道路の照明は

今は全てまぶしいくらい煌々とついています。

いらないでしょう?そんな明るさ。

車にはヘッドライトがついています。

実際、事故後に節電していた世の中、暗くて歩けなかった、不便で死にそうだったなんていう人

1人もいないでしょう?

24時間つきっぱなしの新宿や渋谷などの看板も

車のライトがなくても走れる程明るいです。

そういうの終電が出たら消せばいいし、せめて太陽が出ている時間は消せばいいと思います。


この世の中、その人によって、正しいと感じる・考える・信じることは違うと思うし

それぞれの生い立ちや環境・仕事上の立場によってもそれは変わってくるでしょう。

だから、自分とは違う考えを、それはどういうことからそう考えるのか

違う角度から見方を変えて考えてみるチャンスだと思うようにがんばってしています。

でも本当はちょっと、腹立たしいです。

「きっと、自分の身内や知り合いに、原発事故の被害者が1人もいらっしゃらないんだろうな

他人事なんだろうな」と思ってしまっているのが本音です。


そして「無責任」は、私にとって許せないことの1つです。

今の原発は「無責任」の固まりだと思います。

電気を作ってくれるのは、とてもありがたいこと。

それがないと現代の生活は成り立たない程です。

でも原子力発電の過程で出る「使用済み核燃料」の処理について

全くメドが立っていないのが現状です。

その昔、原発がたくさん作られた頃は

「そのうち素晴らしい技術が開発されるだろう」という見立てだったそうですが

そんなものは未だに出来ていない。

出来ていないまま、どんどん核のゴミが出ているのが現状。

その処理には数十年どころか、もっともっと長い時間がかかり

今まだ生まれてもいない子どもが大人になって、その処理をしなければいけません。

そんな仕事、自分の子どもや孫に

「社会の役に立つのだから、率先してやってきなさい」って言えますか?

できれば我が子や身内には、そんなキケンな仕事には就いて欲しくないと思うのが

本音ではないでしょうか?


誰か任せ、知らない人が誰かやるだろう、そんな「無責任」の上に成り立っているのが

原発産業だと私は思っています。

そしてこういう発言や考え方は「危険だ」という方もいるけど

原発の方がよっぽど危ないとおもいます。



震災の数年前に原発の町「双葉町」でコンサートを作って呼んでくれた双葉町にお勤めの方は

確かに当時は本当に誇りを持って私を第一原発に案内してくれました。

原発事故後、それまでより交流してきましたが

きっと現場では言えない想いなんでしょうね、読むのも辛いメールももらいました。

苦しくて動機がしてしまう内容でも、その方がされた思いを少しでも知りたくて

寄り添いたくて泣きながら読んできました。

一昨年、その方は癌を発症、一時は全ての癌が消えた!と喜んでいましたが

先日亡くなりました。

町のお仕事として、ご遺体や行方不明者に関するお仕事もしていらして

おそらく現場にも長くいらしたので相当のストレスだったのだと思います。

私はこれも、震災関連死の何ものでもないと思っています。


原発事故で亡くなった人はいない、なんて言った議員さんがいましたが

一体何を見て知っているんでしょうか。

原発事故発生のために、津波の後にまだ生きていた方を探しに行けなかった

そんなことも知らないんでしょうか?

また、亡くならなければいいんでしょうか?

どれだけの人が、住まいを、自分の思い入れのある土地を追われ

未だに帰れなくなっているか。

家族が一緒に住めなくなっている方もいる。

自分の身に置き換えるという想像力が皆無なんでしょうか。


私は今月、原発作業員の中継基地になっているJビレッジに伺います。

事故後からずっと希望してきましたが、なかなか上手く繋がらずやっと実現します。

私が以前教えていた高校はサッカーの名門校で

世界を目指すサッカー部の生徒達がよく合宿などで行っていた場所です。

それが、こんな原発のための場所になってしまっていることは悲しく思っています。

原発は私は反対です。

が、そこで人知れず苦労して

人々のために危険な作業をしてくれている方達を忘れてはいけないし

彼らもある意味被害者になりうる方々だとも思います。

今作業をしている方々は、事故当時携わっていなかった人も大勢いるのです。

そして今後、まだ生まれてもいない人間が、これを担うのです。


音楽が来るのは史上初だとのことで(ホントかなぁ?すでにいらっしゃると思うんだけど)

ホールでのライブを、とおっしゃってくれましたがお断りし

作業員の方々が帰ってくる時間に玄関先で弾くつもりです。

キンモクセイとか花の香りって(まぁカレーもそうですが)

どこから香ってくるか分からないけど、通りかかったほんの数秒フッと癒されるでしょう?

音楽は人にとってそんな役割だと思うし

今回は私の音がそこで大変な思いをしている方にフッと力を抜いてもらえるためのものになれば

それで良いと思ってます。


私の原発に対しての考え、ほんの一部ですが、これがお答えです。


DSCF0072.JPG
私がコンサートに伺ったときの双葉駅



posted by 宮西 希 at 17:31| Comment(0) | 希の考察

2014年11月02日

ハロウィーンに思ったこと

たしかに、仮装は楽しいんだろう、と思う。

大勢でワイワイ、楽しさを共有しあえて

お酒飲んで、ハメを外す良い機会にもなるんだろう。


でも私のFBのタイムラインでは

次の日の早朝の渋谷の様子を撮影した写真が並んだ。

すっごく、ゴミだらけ。

荒れ放題。


まぁ・・・渋谷という土地柄なのかな。

私が六本木で遭遇した大勢の仮装人間たちは

もっと大人で、スマートだった。

サッカーの試合で勝った時も

渋谷の交差点での盛り上がりっぷりは、異常だったものね。

ただ、騒ぎたいだけっていうか。


で、おもったんだけど

どうして日本は、独自の文化や遊びを切り捨ててまで

海外の遊びや行事を行いたいんだろう???

あの仮装してギャーギャーやっていた若者の中で

何人が「あんたがたどこさ」で遊べるだろう?(笑)

「はないちもんめ」で遊べるだろう?


あ、ハロウィーンはあそびじゃないですねあせあせ(飛び散る汗)

元はと言えば宗教行事だとのこと。

日本の宗教行事って

ハロウィーンやクリスマスほど盛り上がらないですよね。

でも実は、クリスマスは海外でも25日は

家族で静かに祈って過ごすんですよね。



京都の、祇園祭を見に行ったことがあります。

そのとき、海外からのお客様も一緒でした。

彼らは「祭り」と聞いて、まさに「フェスティバ〜ル!!!」

という感覚で来ていたので

あの静かで厳かな祇園祭が

面白くなく、退屈で、なんでこんなのがいいの???

と、ワビ・サビなどはまったく、分かってもらえませんでした。

一緒にいた日本人の大親友は

もちろん、私と一緒に

「いいねぇ〜!やっぱりいい。沁みる。日本ってステキ」と

ずっと見入っていましたが

いくら海外で空手や日本のものにハマっている方であっても

やっぱり日本人らしい感覚っていうのを

本当にわかって理解してもらうのは難しかった。


でもね、例えばそれを

日本に生まれて生きている若者にも

「盛り上がりに欠ける」「静か=つまらない」

「理解できねー」って言わせちゃうのは

いけないんじゃないかなって思うんです。


ハロウィーンの方が、そりゃ〜祭りとしては盛り上がるさ!

でも、清らかで荘厳な空気を

静かに感じてジーンとさせられる、そんな感覚も

日本人としては持ち合わせて欲しいな、と思いました。


秩序を守り、きちんとするところはきちんとする。

それが日本らしい良さなのだから

仮装パーティーで盛り上がったら、そのあとは

ゴミはちゃんと、持って帰ろうね。


ちなみに・・・

仮装人間たちが、始発の電車に乗るために渋谷駅に向かう時

反対方面に向かってすれ違って行く方たちがいたそうです。

彼らは、ボランティアで

朝の渋谷の街を、キレイに清掃してくれていたんだって。

その中には、仮装人間と同世代の方々もいたそうです。


なんだか、考えさせられますね。




posted by 宮西 希 at 22:52| Comment(0) | 希の考察

2014年07月12日

お手紙

遠くに住む私の音楽を聴いてくれているファンの方から

お手紙をいただきました。

メールでのメッセージも嬉しいですが

手書きでお手紙、すごく気持ちが伝わって来て

本当にうれしいです。


インターネットを使って、携帯からでも簡単に

見ず知らずの人とも繋がれるこの時代

それでも時間をかけて、お手紙を書いて出して

郵便屋さんが届けてくれて

ちゃんと、つながっている感がとても心地よいですよね!


実は、多いんです私のファンの方々、メールではなくお手紙!


私の音楽はアナログ。

手作りだし、私の指そのもので、絃を弾いて音が空気中に響いて

そのまんまの音をステージでも聴いて頂いているし

レコーディングこそデジタルレコーディングだけど

(テープに録音ではなくProToolsというソフトでレコーディング)

音自体、なんの加工もしないで

そのまんまの音を、職人さんの手と耳でマイクをセッティングし

録ってもらっています。

そういうの、大事に思ってます。

だから、こういう手のぬくもりが伝わってくるメッセージは

本当にうれしい!


しかも昨日頂いたお手紙に

ファン同士でつながって、実際に会ったりしてるって!

遠いところに住んでいる同士でも

私の音楽でツナガッテくれているなんて・・・

すごく感激ぴかぴか(新しい)

うれしかった!

ありがとう。


posted by 宮西 希 at 15:37| Comment(2) | 希の考察

2014年04月05日

新しい

この春は「新」という文字がピッタリな場面が

たくさんある。


昨日は、新マネージャーと本格的な打ち合わせ。

結構スタートとして大切な時期なのですが

その日の朝、普段見ない寝室のTVを

4月で番組、ずいぶん変わってるんだろうな〜とつけてみたら

私の曲が流れていたるんるん

しかももう12年も前のデビューアルバムの中から・・・


とても幸せなキモチになって

「うん、まだまだやれる!がんばれる!」

そう思えるスタートになりました。


今度のマネージャーさんは

とってもとっても、頼もしい!

業界歴も長いし、風貌も(笑)とっても頼れる感じの方ですぴかぴか(新しい)

その後、ご挨拶に伺った方も

私をデビュー前のレコーディングから見て下さっている方で

私の知らない(・・・あんまり細かいことは知らないのよ)

いろいろなことを、新マネージャーさんに伝えてくれて

あ、あ〜なるほど!ってサクサク

サクサク、話は進んでおりました。


その日の夜、博多からとっても嬉しい電話がありました。

賑やかで、すぐに居酒屋さんからだって分かる電話(笑)

私が住んでいる場所と離れたところで

私の話になって、電話を頂けるなんて

ほんと〜うに、うれしくてうれしくて、しかも

「ここに希ちゃんがいなくちゃね!

この次は必ず、一緒に、ね!!!」

本当に、思い出して頂けるだけでも感謝なのに

そんなこと言っていただけて

感激して心がふるふるしてしまいました。


私の周りでも、学校に上がったり就職したり

新しい生活がスタートした方がたくさん!

たまたま新しい家具も、今日届いたし(笑)

私も新しいマネージャーさんと

新鮮なキモチで、また活動していきますexclamation


今年度は、昨年度よりもっともっと

たくさんの方々に私の音楽を届けに行きますexclamation×2


posted by 宮西 希 at 18:15| Comment(0) | 希の考察

2014年02月19日

あまりの雪に

今日になってやっと

近所のスーパーに、牛乳がたくさん入ってきた。

パンとか豆腐関係のものとかは

昨日までは皆無だったのが

少しずつ、入って来た。

震災のときと一緒だな〜と思って見ていました。


FacebookやTwitterでは

この雪のこと、ずいぶん書いてきたのですが

今回の大雪、やはり人をリードする立場の方の

行動が遅かったとおもいます。


埼玉で130cmも降ったなんて

自然のことだから仕方ないっていうかもしれないけど

秩父市が出した自衛隊派遣要請を

なんと、県が断っちゃった!

そりゃね、浦和あたりは

秩父よりは積雪量が少なかったし

車も多く走るから少しずつは解けるし

そんな想像できなかったのかもしれないけど

やっぱりこれは「災害」だと思う。


雨だったら、洪水になったり土砂崩れだったり

わりとすぐ、災害対策がされるのに

どうして雪は、そうならないんでしょう?

現に、今日もまだ、孤立している地域がたくさんある。

親戚の農家も、ハウスがつぶれてしまって

これから野菜の流通に、きっと影響が出てくるでしょう。


雪って、なんとなく楽しいとかキレイとか

そういうイメージが先行しているのかなぁ。


雪国出身の私のお弟子さんが

「雪国では降ったらすぐ除雪車が走るので

朝には車が、とりあえず普通に走れる」って教えてくれた。

道路には、雪を溶かすお湯が出ていたり

線路も温められているので、雪が積もり過ぎない。


まずからして、除雪車なんて

埼玉も山梨も、そんなに持ってないもん。。。


驚いたのが首都高。

あの日、私の四駆やトラックが

首都高の雪をかき分けて走って

まるで「私たちが道を切り開いたんだわ!」

みたいな気分でいたけど(笑)

帰りは、すっかり除雪されていて

問題なく走れた。


その除雪車を

埼玉の秩父や山梨に、すぐ派遣してあげればよかったのに!

今からでも、行ってくれないかなぁ?


日本は裕福な国だから

孤立している地域のおうちでも

おそらく、冷蔵庫に何かしら買い置きがあるかもしれない。

でも、すっかりインフラが戻った東京や県庁所在地で

困っている地域の想像ができないのは

現代人の悪いクセ。


テレビの映像で見れば

ああ、すごいことなんだ!って思うのに

今日の時点でも、取材も入れない=行き着く術がない程の雪。

「目で見ないと理解できない」

これが現代人の悪いクセ。


私なんかはテレビより、ネットばかり使うから

ネット上で家の中まで雪がなだれ込んで来た写真や

埋まった車やバス停の写真を

個人がネット上に上げながら「助けて!」と書いてあるのを

何度も見かけた。

もし、目で見ないと実感できないのなら

テレビは、ネットの中の情報を

少し取り上げてみてもいいんじゃないか?と思う。

自分で取材して、確証のあるものしか報道できない・・・

という所がネックなんだろうけど。










posted by 宮西 希 at 21:04| Comment(0) | 希の考察