2021年09月10日

密フェスに思う。ライブやりたい!


ミュージシャンやパフォーマーは、みんな、みんな

「ステージやりたい!ライブやりたい!」

って思っています。


コロナ禍で、我慢を強いられているのは世界中の人々。

確かに、日本のコロナのスタート時、ライブハウスのクラスターがあって

音楽関係はそれで槍玉に上がっちゃって、一気に仕事できなくなってしまったけど

ミュージシャンやパフォーマーだけが、我慢しているわけじゃない。


本来ならパフォーマーというのは、人を楽しませること、癒すこと

良い気分になっていただくことなどに、生き甲斐を感じる人種ですから

こんな時に、何もできないことがもどかしくて

それは自分一人の力じゃ何もできないのはわかっているけれど

不甲斐ないような気持ちにもなっちゃう。


私もこれまでには当然、メロディーが出てくる時と出てこない時とありましたが

こんな気持ちが続いていると、時間があって書き溜めておけば良いとは思うのに

作品もあまりできないし、練習もする気にならないし

正直に書いちゃうとこの1年、音楽やり続けるのは

本当にしんどいなぁって思うことも多いです。


はっきり言ってコロナ禍になってから、業界関係の仕事をやめた方が結構いるので

コロナが落ち着いても、仕事場も、人脈も

1から作り直さないといけないものがたくさんある。

今から、もう1度1から作り直すの、しんどいなぁって。


だけど、例えば自分が死ぬ時に、どういう人生だった?と聞かれた時

やっぱり音楽やっている姿を思い浮かべる終わり方が良いな〜と思うし

例えば娘に、あなたのママはどんなママ?という質問が来た時に

音楽やっている人って思って欲しいな、って思います。


本当はライブやりたいなぁって思うんですけど

空気を振動させて、倍音まで響かせることで

あの心地よい空気ができる「箏」という楽器を弾いている私としては

無観客でやるのは何か違う気がするし

かと言って会場で人が集まっていただくとしても

会場が必死で感染防止をして、そこが安全だったとしても

お客様が会場までいらっしゃる道すがらで感染したとなったら

その後、私の音楽を聴くたびにイヤな思い出になっちゃうだろうし…

と思うと行動できずにいます。


今は違うお役目があるという風に考えて行くしかないのかな〜と

感じてはいたのですが

今朝、お散歩中にお会いした方に、ズバリ

「今は違うお役目があるのよきっと」と言われて

うわぁ、それが答え?!とビックリ。


そうか、そうなのね。


小さい頃、容赦なく人に預けて出かけてばかりいたけれど

もっと娘と一緒にいなさいってことかもしれないし

ワンコ達をもっと、かまってあげなさいってことかもしれないし

保護犬、もっとがんばってたくさん出してあげなさいってことかもしれない。


なんか、気持ちが動くような出来事が、たくさんあればきっと

そのうち曲も生まれてくるような気がする。


練習という形じゃなく、なんとなーく遊びでポロポロと箏を弾いていると

実は1番、私自身がその音色に癒されているのがわかる。

今は、それで良いのかな〜。



posted by 宮西 希 at 17:33| Comment(0) | 希の考察

2021年08月27日

コロナ禍に思う


とうとう、第5波はこれまでになく感染が拡大。

私の周りでも、陽性者が出ています。


私が住む地域は、海水浴場がありますが

7月の時点では開設していたんです。

だから4連休は、本っ当に、ヤバイよねマズイよねというくらい

他県ナンバーの車と、観光客だらけ!


緊急事態宣言が出てから、海の家閉鎖になりましたが

観光客は、減りはしましたが止まっていません。

どうして、こんなになっているのに遊びにきちゃうんだろう。

開放感のある海辺では、ノーマスク、飲酒もして騒いでいる若者がいます。


私は、まだワクチン接種が済んでいません。

年代順を守って、申し込みはしてあるのですが

まだ接種日には日があります。


正直、音楽を仕事にしている人間は

この先どうなっちゃうんだろう・・・という気持ちは

もう去年のうちにとっくに通り越してしまっていて

私も、音楽活動できない間に保護犬活動を一生懸命やることで気持ちを保っていますが

リスタートできるだけの、気力や人脈が足りるか分かりません。

というのは、もうこの業界をやめてしまった方々も多いのです。


コロナによって世の中が、変わるとは言われて来ましたが

音楽をやっている人間としては

世の中だけではなく、生き方自体変えないといけないかもしれないなぁ…

と考えることもしばしば。


やっぱり、人との交流がないと

人間ダメになっちゃうように

いくら、在宅で曲が作れて、練習もできていたとしても

それを聴いてくれる人がいて下さらないと

音楽家もダメなんですよね。


早く収束してほしいものです。






posted by 宮西 希 at 02:48| Comment(0) | 希の考察

2021年07月31日

東京オリンピックに思う


私は、TVを全くと言っていいほどつけません。

子どもの頃からラジオっ子だった私は、本当にTVよりラジオを聴いている人で

一緒に暮らし始めた時の夫もテレビをリビングに置いていなかったので

そのまま今も、テレビがリビングにない生活なのです。

地デジ完全移行になって、もうTVはいらないねという話になったのだけど

震災後ということもあり、何かあった時のために一応持つだけ持っておきな!と

友人が使わなくなったテレビを譲ってくれました。


何が言いたいかと言うと

そんな生活だから、オリンピックも毎度、ちゃんと見てはいないのです。

これまでのオリンピックも、自分がやっていた水泳は、時々見ていたくらい。

スポーツも、今や阪神ファンって名乗れないほど野球も見ていないし…



今回の東京オリンピックについては

1番最初にクラスターが起こって槍玉に上がったのがライブハウスで

それ以降ずーーーっとコロナの影響を受け続けてきた音楽業界にいる身としては

なんだってこんなにみんなが苦しんでいるときに

「平和の祭典」だなんてよく言えるものだと

開催する人たちは、コロナで家族や大切な人を亡くした方々や

生活自体苦しい人の気持ちを

全く理解しようとしていないのだろうと

開催自体には、非常に「疑問」を通り越して「嫌悪感」を抱いていました。


でも、一人一人のアスリートは、本当に一生懸命やってきて

何も悪くはないのですものね。

こんな逆境の中でも、ひたすら努力している方々なので

そこに嫌悪感はありません。

実際に競技が始まると、やはり日本人選手を応援してしまう自分がいますし。


なので、ネットから流れてくる結果には

お〜!と言う感じで反応はしています。


だけど、今回どうしても不満なのは

やはり開会式。

途切れ途切れで、全部見たわけではありませんが

もしかして、すごくいいものが観れるのではないかと半分期待をしていました。


でもオリンピック自体、日本人を蔑ろにして強行開催された上

開会式では、日本の文化を蔑ろにされたような気持ちになりました。


TV用の演出で、軽い薄っぺらい感じがしました。

なぜ、日本の文化、大切に守り伝えてきているもの、人を

誇りを持って披露しないのでしょうか。

例えば和太鼓で幕開けしたら

和楽器を使ったり、毛筆や殺陣、能、日舞を披露したら

もっと重厚感があり、艶やかさ、粋、派手、所作の美、

品のある日本を感じられたのではないか

祭典なのですから、祭囃子を取り入れたり

タップダンスではなく例えば阿波踊りや花笠音頭を入れたら

華やかな盛り上がりはまた、違うものになったのではないか。


国歌だって、せっかくのMISIAさんの歌声です。

私だったら雅楽とオケをバックにするだろうな。

正直、残念で仕方ないです。


また、後になってから

207カ国の国旗をモチーフにした着物が

開会式を目指していたのに、全く使われなかったと知り

日本の演出家クリエイターたちは、自国を好きじゃないのか?

と言うよりも、知識や自信や誇りがないのか?と

残念度が増して仕方ないです。

関わった人たちの日本へのリスペクトが、軽すぎると感じました。


海外で、箏のコンサートを何度かしている私は

例えばその国の有名アーティストの曲を箏でカバーするよりも

観客の誰もが知らない日本独自、箏独自の曲を弾いた方が

断然ウケがいいことを知っています。

そういうの、開会式の演出家は本当に知らなかったのかなぁ。


別にアニメやゲームを否定するわけではありません。

それもまた、日本の大切な文化です。

私はゲームはやらないので、曲もほぼ全部知らない曲でしたが

知っている人からすれば、とてもワクワクする時間だったと思います。


ピクトグラムは、パフォーマーは素晴らしいと思いましたし

考え方自体は面白いけれど

会場で見ていたら、よくわからなかったかも。

やはりテレビで見る用に作られた感じは否めませんでした。



でもなぁ〜、コロナさえなければ、また違ったオリンピックになり

私ももっと素直に応援できたのかもしれません。

そういう意味で、やっぱり、今じゃなかったよなぁ。


posted by 宮西 希 at 00:54| Comment(0) | 希の考察

2021年03月11日

あれから10年

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あの日のことを想像できないような、穏やかであたたかな春の海。

10年前のことは、誰もが忘れられずにいると思う。


あの頃のようにフットワークの軽い動きを

私は今はできなくなってしまったけれど

ひとつだけ大事な仕事が増えた。


娘には、小さな頃から地震や津波のことを教えてきた。

あまり幼い頃から地震や津波のことを教えると

ショックで夜泣きをするようになったり

極端に怖がってしまうと聞いてもいたけれど

そんなこといっているうちに大きな地震や津波が来てしまったら

海の前に住んでいる我が家はひとたまりもない。


この辺で遊んでいる時に大きな地震が起きたら

ひとりででも図書館に逃げなさい。


この辺りだったら、この坂を登って公園に行きなさい。


うちの近所まで帰ってきていても

うちよりも近かったらこのビルの

外階段でいいから5階まで昇りなさい。


大丈夫。

私もちゃんと逃げているから。

お互いに生きていれば、必ずあとで会えるから。


『津波てんでんこ』


私が震災後に釜石に滞在中、教えて頂いた言葉を

娘も口にする。


震災直後に、私に避難所での演奏を依頼してくださり

宿泊させて頂いた友人の実家である釜石のお寺は

幼稚園を経営している。


地震発生時、ちょうど幼稚園は帰宅時間帯で海側でバスを走らせていた。

海からの道は一本道で

津波から逃げようとする車で大渋滞になることを予想したバスの運転手さんは

一瞬の機転でバスを新日鉄の敷地内に入り込ませた。


そのままバスを走らせて海からの距離を稼いだことで

園児全員の命を守った。

でも家族を亡くした園児たちはたくさんいて

幼稚園が再開したあと

海で父親を亡くした園児は海を見るだけで泣き出してしまう。

先生は毎日、バスが海沿いを走る時は

その子を海が見えない側に席を移動させたそうだ。


直接話を聞いた時も

そしてその園児たちの前で演奏したときも

泣くのをがんばって我慢していたけれど

今、娘がちょうどその年齢。

今日幼稚園からバスで帰宅したのも、まさにあの時間。

あの時よりもっと具体的に、感じ入り考えられるようになった。


必ず、命を守らなければならない。

そして彼女に、悲しい苦しみを背負わさないよう

私自身の命も守らなければ。


そしてこれはどんな子にも、どんな大人に対しても

同じこと。


娘は成長し

「家にいる時に大きな地震と津波が来たら、ルカにリードをつけて屋上まで逃げる」

と言うようになった。

頼もしい。


本当は、大地震なんて来ないのが一番だけど

あの時に様々なことを経験させて頂いたのは

「人の役に立て。今後の自分の役に立てろ」

という神様からのメッセージが含まれていたような気がする。


10年前から数年にわたってたくさんたくさんの東北の地に伺った私は

多分他の方よりたくさんたくさんの方々の想いを受け止めたつもり。

お話をいっぱいしたのに、その後亡くなってしまった方もいる。

遭遇した出来事、聞いた言葉、感じた想いは

全て私の心に蓄積されているから

少しずつでもゆっくりでも

必ず音に生かしていくことを約束します。


Nさん、Sさん、どうか安らかに…。

あの日悲しい想いをされた全ての方が、必ず少しずつでも癒されますように…

そして、私の人生において

大きな大きな経験をさせてくださった

モカパパ、モカママ、チーム正福寺の皆様に

心からの感謝を申し上げます。




#東日本大震災
#東日本大震災を忘れない
#東日本大震災から10年
#津波てんでんこ
posted by 宮西 希 at 23:48| Comment(0) | 希の考察

2021年02月13日

チック・コリアさん

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今朝ラジオから「スペイン」が流れ

「朝からおぉ〜!」とテンション上がったところで

Chick Coreaの訃報を知った。

ご自身の残り時間を知ってFacebookにコメントを残したと聞いて探した。


自分でなんとなく訳したりGoogle先生にお願いしたものよりも

AFPBB Newsが訳したものが一番良いのでそれを載せるけれど

本当に心にグッと来た。


今、世界中でコロナで動けなくなっているミュージシャンはすごく多い。

そんな中で

「もう無理かな…潮時かな、続けられない、キツイ…」

そう感じながら

エンタテイメント界の人間って、それぞれ自分のイメージもあるし

みんなに夢や元気を与えたいと思っている人が多いので

そんな弱音を吐けないままの人が非常に多いとおもう。


それをよく分かっていて

思いやりをもってこのメッセージを残したのではないかと感じて

本当に心に刺さった。


もちろんコロナのことを抜きにした

様々な場面でも通用するメッセージであって

音楽を続けていく上でたくさんの困難に直面するであろう

世界中のミュージシャン全員に送ってくれた気がする。


音楽って、強くないと続けていかれない。

40年以上舞台に立ちそう思っている。

でもその強さは、自分の心や思いの強さだけでは成り立たず

誰かを喜ばせたい!聴いてもらいたい、楽しんでもらいたい!

という思い

そしてその結果があるからキープできているもの。


私は今、ある方からお誘い頂いてゆっくりだけど1曲作っている。

この一年、あれほど曲も書けなくなっていたのに

その方のために「書きたい!」と思ったら

スラスラメロディーがやってきて、あっという間に書けた。


やっぱり音楽って、そういうもの。

自分が好きでやっているものを

誰かのためにというのはおこがましいという思いがあったけれど

これはやっぱり間違いなくそうなんだってうっすら感じていたところに

このChick Coreaからのメッセージ。


私は小さなミュージシャンだけれど

音楽を人生の同伴者に選んだ者としてこのメッセージを

大きな感銘と感謝をもって受け止めたつもり。

そう、私自身が単に楽しむためにも!


R.I.P. Chick Corea


「私と旅を共にし、音楽の火を明るくともし続けることに協力してくれた
 すべての人に感謝したい。
 私の願いは、演奏や制作、パフォーマンスなどをしたいという
 気持ちがある人にはそれをしてほしいということ。
 自分のためでなくとも、ほかの人々のために。
 世界にはもっとアーティストが必要だというだけでなく
 単に本当に楽しいものなのだから」



posted by 宮西 希 at 02:36| Comment(0) | 希の考察