2016年01月11日

教育についておもうこと


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昨日は、某県の教育委員会に呼んで頂いての講演でした。

私は音楽活動と同時に

教育関係にも20年近く関わらせて頂く機会が多く

その立場から、外部から見ての

教育関係の方に期待すること、というテーマでのお話。


いろいろな学校に呼んで頂いて

コンサートしたり、邦楽器の授業をする他

デビュー前から、中学校の箏曲部にコンクール前などに

特別講師として伺って指導したり

コンクール・勉強会の審査員を仰せつかったり

そして実は、高校の産休代替では3年生の副担任や

吹奏楽部の顧問も担当したり

非常勤講師として、中高一貫校で教えたり

そして、なぜか「進路についての講演会」なるものも

お声がけ頂き、中学生にお話させて頂いたり

自分の音楽活動以外に、たくさん経験させて頂いています。


その中で、学校ってこんななんだ!

教員って、こんな考えなんだ!

と、正直、驚くことも多く

昨日はそのお話の一部も、遠慮なくさせて頂きました。



教育は、全ての子ども達に平等に行なわなければならないもので

そのために、教員や学校の安定性は求められていると思います。

でも、あまりに民間企業と、考え方が違うのも事実。


学校は「教科を通して、社会を教える場所」であると思うのですが

その、一般的な社会を知らないまま教員になれちゃうシステムは

私は問題だと思っています。


頭を下げてお金を頂く、お仕事を頂く。

お客さまに無理なことを言われても

こちらがガマンしなければならないことがあっても

何とかご希望に沿うよう

ご期待以上の成果を出せるよう、最大限努力する。

相手が喜んでくれる、どなたかの役に立てて初めて「仕事」として成り立つ。

つまり、そこまで来て初めて、お金を頂ける。

頂けて心底、ありがたいなぁと思う。

そんな一般社会では当然のことが

教育機関にはありません。


そして、大学を出て学校しか知らないのに

その後何十年も、学校に勤め

22歳ですぐ、子ども達から「先生」と呼ばれるようになり

つまり、お相手をするのはみんな年下。

もちろん同僚・上司の先生方・たまに保護者とのお付き合いもありますが

早くから、自分の思い通りに動かせることが多い世界です。


私は、せめて10年は一般の社会で揉まれ

社会というものを知った人が、教員になるべきだと思います。



学校関係に呼んで頂く時

いつも、何とかならないのかしら・・・?と思うのが

「演奏して下さい。でも教育機関なので、お金は出せません。」

という言葉。


仕事というのは、お金を頂くことだけでは決してないので

私のコンサートによって、子ども達の10年後20年後に役立つのなら

と思ってお引き受けすることも多かったのですが

「良い宣伝になったでしょう!」

と、今まで何度、言われたことか・・・


「売れちゃったら、こんな学校来てくれないんでしょう?

今のうちに呼んでおいて良かった」だなんて

あまりにも失礼だとおもいます。


私は、心ある方がお声をかけて下さった場合

どなたかのお役に立てるなら

どなたかの心が少しでもやわらかくなるのなら

ステージなんてなくても、聴いてくれる方がいらっしゃるのなら

どんな条件でも、どんな場所にでも伺って音楽を届けています。

それは今までも、これからも変わりません。


それでは、先生は、教育者なのですから

1ヶ月間、教育を受けられない国の子たちの所に行って教えてきて下さい。

子ども達の教育のためですから、無給でお願いしますね!

ハイ、あとはお願い!

と言って、その方の授業中、自分の部屋でくつろいで待たれていても

何度でも喜んでやるのでしょうか?


でも、きちんとこちらの立場を考えて下さって

建値にはならなくても出来る限りの事をして下さる学校・先生もいらっしゃいます。

PTAの方々が協力してくださっていたり

校長先生が、民間からいらした校長だったりする場合がほとんどです。



・・・つまり、一般社会で「生きた」「揉まれた」経験のある方なら

当然、考えることなんですよね。

(ちなみに昨日は、きちんとして頂いています!)


邦楽器は、まだなかなか、学校の先生が子ども達に教えられない現状があり

以前、夏休みに教員の方々対象に

箏についての講習を、邦楽器屋さんが先頭に立って開いたことがあります。

その際、心底驚いたのは

たった、1000円だか1500円だったかの講習料を

「なんで、学校で必要なものなのに、しかも夏休みに

自費で払わなければならないのか?」

といったご意見です。


例えば民間企業で、英語のスキルが必要になった場合

就業時間以外に、自費で、英会話学校などに通ったりして

何とか仕事になるように、努力をするでしょう。

自分の身につけるものですから、当然です。


でも、そんなこと、学校の先生って、言っちゃうんだ〜!!!

まぁ〜〜〜、驚いた記憶があります。


また、現役でなく、例え退職していても

子ども達にむかってご自身のことを「先生はね」と話す方がいます。

(間違って、私にも「先生はね」とおっしゃっていましたが 笑)

自分で自分のこと「先生」とか言っちゃう時点で

ハッキリ言って、痛いです。

例えば自分のこと「部長はね」「課長はね」って

喋る人がいたら、もう、笑っちゃいますよね(^^;)


ここに書いているのはほんの一部ですが

そういうのを目の当たりにしてきたこともあり

教育機関には、不思議だなぁと思うことがたくさんあります。


昨日の講演は、主に小学校の教員を目指す

大学3年生を中心にお話を聞いて頂きました。

とにかく、学校以外の目上の大人たちと接点を持つ

教育関係ではないお友達との関係を大切に

学校以外の社会を知るようにする方がいいと思いますよ!

というお話をしました。


ベテランの教員の方からしたら

何を生意気な、と頭に来る内容もあったと思います。

でも、ごめんなさい、20年外部から関わりを持たせて頂いている身で

心から感じている本音です。


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posted by 宮西 希 at 15:18| Comment(4) | 希の考察
この記事へのコメント
学校が大学までとそれ以降を含め、能動的思考や発想を潰してしまう場になっている状況からなかなか変化がないのは言うまでもありません。自分に子どもがいたなら、行かせたくないという感じです。いい先生は先生を辞めるしかなくなるなどあります。所産的なものから能産的なものへの変化が必要とされていると思いますが、学校もそうだと思います。
Posted by ORBIS TERRAE ET IN TERRA PAX at 2016年01月11日 23:51
某県の教育委員会で講演して、激しく不愉快に感じることがあって、自分にも教員経験あるんですがと教育界に挑戦状出したんですね。

Posted by 負けるなKOTIST at 2016年01月16日 14:39
連続投稿お許しを。

宮西さん、ご実家のお父様と妹様ご夫妻が地元神社庁から要請のあった安倍晋三内閣を支援する憲法改正署名集めを、行わないことにして、その事実をツイッターでも公表されたんですね。

神道政治連盟には多くの議員が名前をつらねてますし、日本会議との関係も深いです。
神社庁から独立する方法もありますよ。

Posted by 負けるなKOTIST at 2016年01月16日 15:15
えぇと・・・?
挑戦状はなど出しておりませんし、実家の父?妹夫妻?が何かしてもおりません。
どうしてそうなっちゃうの?かな?
私の書き方が悪いのかな?ごめんなさいね。

Posted by Kotist宮西 希 at 2016年01月16日 16:53
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