2008年01月02日

赤坂泰彦さん

昨日、2008年の年明けに

私にはもう1つ、とってもうれしい

そして待ち望んでいた方との出会いがありました。

その方は「赤坂泰彦さん!」


もう今から、10年以上も前のこと・・・

その頃、日本の音楽シーンに「和楽器」というのは

なかなか居場所がありませんでした。

私が「箏」を使って、新しい世界を作り出したいと思い

曲もたくさん貯めていた頃ですが

「和楽器」云々より、音楽シーンは歌もの中心!

もともと、古典での箏は唄いながら弾くものですが

それでは「箏」本来の凄さは伝えきれない

それよりも、偏見や思い込みの多い「箏」という楽器も

音楽を表現する手段の1つにすぎない

普通に世の中に流れている「音楽」として聴いて欲しい・・・

そんな想いから、私はインストゥルメントの楽曲を

作り続けていました。


でも、デモテープを持ち込んでも当たり前にボーカルだとか

バンドだと思われていて(当時はバンドブーム全盛期!!)

インストだと分かると、まして「箏」だと話すと

音すら聴いてもらえない日々が続いていて

インストじゃ、そして「箏」じゃ、ダメなのかなぁ・・・

音楽として認めてもらえないのかなぁ・・・

と思っていたある日。


赤坂泰彦さんの「ミリオンナイツ」という伝説の番組の中で

TOTOの「アフリカ」が紹介されたんです。

『ラジオ聴いているみんなの中には、

英語の歌詞なんか全部理解してる人も多くないだろうけど

言葉じゃないんだよ、すげーんだよこの感じ

伝わるよねっ!!!感じてくれっ!!!』

・・・こんな感じに紹介していたと思うんですが

そのあとに流れた「アフリカ」は、私の中でジンジン響いて

躍動感と気持ちの高ぶりと

もうなんと言っていいか分からない程

布団の中で涙が出ちゃって、心がジンジンしていました。

あぁ、音楽ってやっぱり「Words」じゃないんだ

音だけでこんなにも、感激できるものなんだ・・・

やっぱり私、「箏」で「インスト」で行こう!行けるはず!!

そう、決心したんです。



その後、デビューが決まるまでには

また少し時間がかかりましたが

デビュー当時から、いつか絶対に

この業界で赤坂さんにお会いして

そのときのその思い、それからお礼を

必ず言いたいと思っていたんです。



話は変わって・・・

私がこの業界でお仕事するようになってから

本当に仲良くなれた友達って、実はそんなに多くはないのですが

その中で、本当に大好きな「光邦くん」という友達がいます。

彼は、そう!今やFM横浜の看板DJである「光邦」くんです。

光邦くんはその昔、「ミリオンナイツ」で赤坂さんのモトで

バイトをしていたんです。

その下積み時代の話を、以前からずっと聞いていました。

その赤坂さんに、こうしてちゃんとDJとして仕事していること

赤坂さんは自分のこと、覚えて下さっていないかもしれないけど

いつか会って伝えたい!!

光邦くんはいつも、熱く語っているんです。


飲んだ時に、「どっちが先に会えるかなぁ?!」

って話していたんです。

頻度としたら、私の方がいろいろな放送局へお邪魔するので

もし会えたら、「絶対、光邦くんのこと、伝えるから!!」

そういう約束をしていました。



・・・次回へ続く!!




posted by 宮西 希 at 15:06| Comment(0) | テレビ・ラジオ
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