2008年06月24日

6月23日

去年の6月23日に沖縄にいたことで

これからこの日を忘れないようにしようって思いました。

沖縄慰霊の日・・・


日本で唯一の地上戦が行なわれた沖縄で

日本軍の組織的戦闘が終わったのが6月23日です。


もちろん、戦火で家を焼かれたり

家族を亡くした人は日本中にいましたが

沖縄は唯一

子どもからお年寄りまでの住民が住んでいる場所が

実際の「戦場」になってしまったのです。

民間人が多く参加した・・・、というより巻き込まれたのです。


日本側の死者・行方不明者は18万8136人で、

沖縄県出身者が12万2228人

そのうち9万4000人が民間人だそうです。

たくさんの集落で住民が全滅、またはほとんど残らなかったため

自治体としてのまとまりができなくなってしまい

合併を余儀なくされたともあります。



去年この慰霊の日を、たまたま沖縄で迎えたことで

東京にいてはなかなか聞こえて来ない、生の声を

新聞やメディアを通して、たくさん聞けたような気がします。

まだ、沖縄の人達は、戦争の跡に生きている・・・

そんな感じがしました。

それを他の地域に住んでいる日本人も

忘れちゃいけないと思うし

60年以上経って、やっと、口を開いてくれたおばあがいっぱいいる・・・

そんな方々のお話を、今こそ、聞かなければならないと思います。



終戦後、この日は休日だったのに

沖縄が日本に返還されたときから、それがなくなってしまったということも

私はすごく疑問を感じています。

終戦記念日や、広島・長崎原爆の日と同じように

この「沖縄慰霊の日・6月23日」も

しっかり見つめるべきなのではないかと思っています。


知らない人もすごく多いと思うんだけど

知らないではすまされない思いを、沖縄の人達はしてしまったんです。

戦争のために。

首里城も、きっと観光で訪れることが多いと思うけど

行った時には「ここもまさに現場だったんだな」と考えてみるのも

1つだと思うんです。



今日の夕刊で「慰霊の日」を

トップで取り上げていた新聞社もあったけど

もう少しメディアも、8月だけでなく、この日を紹介して欲しいし

たくさんの人に、知ってもらって考える日にして欲しいって思います。


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沖縄の人達だけではありませんが

片道分の燃料しか積んでいない軍用機に乗って

こんなきれいな沖縄の海を

いったいどんな気持ちで見ていたのかな・・・

と思うとたまりません。



戦争に行かなくてはならなくなった若い男性たちは

行きたくもなかった戦争に、命令に逆らえずとは言え

きっと「自分の側にいる愛する人を守ることができる・・・」と信じて

戦地に赴いたのだと、私は思っています。





posted by 宮西 希 at 00:26| Comment(0) | 希の考察
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