2015年03月23日

最近の作曲状況


このところ、自然に湧いてくる曲たちは

みーんな4代目のワンコ、ルカのためのお歌ばかり。

しかも、すべて「おかあさんといっしょ」のような

お子ちゃま、ならぬ、ワンコ向け(笑)


「牛乳のうた」

「ヨーグルトのうた」

「かまってよの歌」

「あ〜!ヤッチャッタ!」

「ルーちゃんのお耳」

などなど・・・




毎日幼児に歌うみたいに

ルカと歌っている私・・・あせあせ(飛び散る汗)

だもんで、世の中には出せない曲ばっかりですたらーっ(汗)


でも、なかなかかわいい歌ばっかりなのよね。

幼児向けの音楽ってあるけど

ワンコ向けの音楽って、ないもんね。


ルカはたとえば「牛乳のうた」を歌うと

ちゃんと自分から、おわんを咥えて牛乳もらいにやってきます。


ピッピ(おしっこ)のうたとか作って

その歌がかかるとトイレに行く、とか

そういうふうになったら、売れるかな!


IMG_2622.JPG

ルカが保健所からレスキューされた時(左)と

現在のルカ(右)

体重も7〜8kg増えて、毛艶もうんとよくなって

何より、表情が明るく、堂々としてきましたるんるん


posted by 宮西 希 at 23:56| Comment(0) | プライベート

2015年03月16日

「原発反対」について


原発に関して少し書くと、いろいろご意見やご質問を頂きます。

今月末Jビレッジに行きますが

その前に1度きちんと私の考えを書いておこうとおもいます。


10年前の私は、「原発反対」という言葉を

何か「反社会的」だとか「攻撃的」な人達が口にするようなものだと思っていました。

それは例えばミュージシャンの忌野清志郎さんの曲が

発売中止や放送禁止になったりするような世の中を見ていて

そう思うようになりました。

だから私の考えとしては原発とは

「あんまり人前で話してはいけない言葉」というくらいの認識で

「原発」に対して賛成とか反対とかジャッジできるまでの知識もなく

そもそも「原発」と聞いてもちゃんと

「原子力発電」と結びついていなかったんじゃないかと今になって思う程

あやふやな知識でしかとらえていない言葉でした。


数年前、福島県双葉町でのコンサートに呼んで頂いた際

呼んで下さった町の担当の方は

とても誇らしげに福島第一原発まで車で案内して下さいました。

外から見上げながら、世界でも最高水準の技術だというお話を聞きました。

でも、原発というとあまり大きな声で話せない

いろんな人達もいるから…とおっしゃって

なんだかちょっと異様だなーと感じましたが

ただ、そこにいる方々は

原発が自分たちの町にあるということに対して本当に誇りを持っていらしたし

世の中のためになっている

最高の技術を持っているという自信を持っていらっしゃいました。

原発事故後有名になった

「原子力 明るい未来の エネルギー」という看板の下も通りました。


例えば農家の方々に

「お米や野菜を作ってくれてるんだな〜、そのおかげで食べられるんだ」と思うように

「電気を作ってくれてるんだな〜」というくらいの考えでした。


その後ボディーボードやサーフィンなど海で遊ぶようになり(ヘタレですが…)

海を愛し大切に思う方々から、たくさんの話を聞きました。

そもそも、人間の知恵や技術による豪華な生活やあり余る食事よりは

その日にたまたま採れたお野菜とお魚など

自然の恵みを必要量のみ頂いてシンプルに生きたいと思っていた私には

海での遊びはピッタリでした。

というのも、サーフィンは自分がやりたいと思った時にやりたいだけできるものではなく

その日の天気、風の向き・強さ、波の有無に大きく左右されるものであって

決して「波を乗りこなす」とか「制覇する」ではなく

まさに「自然に・地球に遊んでもらっている」というものなのです。

そういう「人間社会」ではなく地球レベルで

生きている・生かされているという考え方をする方々との時間は

私に大きな影響を与えました。

そしてそういう方々のおかげで

「生き物の中で人間だけが、自分本位で自然を、地球を変えてゆく」

ということに気付くことになり

彼らも当時から問題意識を持って反対していた六ヶ所村問題を深く知りたいと思い

そこで初めて原発について少しずつ知るようになりました。


「原発」は問題のある産業だ、でもそれに一生懸命力を注いでいる方々もいるし

誇りを持って働いている方もいらっしゃることも私は知っている。

それによって成り立っている町や、人々の生活があるし

実際その方々とも知り合ってきた。

ただ、核のゴミを処理できないまま、人間だけの便利さを求めてどんどんゴミを増やし

後世に問題を先送りにするよりは、私個人としては例えば風力発電とか

自然のものの方がいいなぁと思っていたし

私の1番の大親友が

世界一環境にうるさく信号待ちでエンジンがかかっていると車を蹴られる(笑)

というドイツに在住のため

日本の多すぎる照明についてはずいぶん前からよく話をしていて

実際私の家の電気は多分普通よりは少なめ

夜でも一般家庭より暗くムーディーな雰囲気を楽しんでいました。

TVも本当にほとんど見ない生活でした。


「原発」に対してそういう意識になっていた頃

東日本大震災と原発事故が起こりました。

震災3週間後から被災地には伺っていますが

やはり震災の年の夏までに福島県でお会いしたたくさんの方々

つまり原発事故の被災者の方から直接聞いたたくさんの

「原発は危険だ!」「安全だと言われて信じていたのに、全くウソだ」

「原発のせいで家族がバラバラだ」「津波にあった家族を探しにもいけない」

「東京で伝えてくれ!原発は絶対ダメだって!」

「ずっと原発を引っ張ってきた◯◯党には入れるな!」

「原発の恩恵は、個人としては受けていない」というような様々な言葉と涙で

「やっぱり原発はダメ!」と確信しました。

安全・安定・安値・クリーン、その全てがウソだった、と。

それは、数年前には原発を誇りを持って案内してくれた方も同じでした。


人の言うことを正直にそのまま信じることは

とても純粋な気持ちからの行為です。それ自体素晴らしいことです。

でも、全て人任せではなく、いろいろ自分から情報を求めて精査する行動は

決して人を信頼していないからの行動ではなく

自分で責任を持って選択をするための思慮深さから来る行動だと思っています。

「絶対安全だ、素晴らしいものだ、そういう国の言葉を信じてきた自分らも良くなかったんだ」

そう涙ながらに私に言ったおじさんの言葉が、胸に刺さっています。


私は現在、世の中の情報が全て正しい情報だとは、あまり思っていません。

それは、この社会は人々の思惑がたくさんたくさん絡んで成り立っている

と思っているからです。

現に「原発が動かなければ日本中が停電になり、生活が成り立たなくなる」

なんてウソでした。

今、原発なしで日本の電気は足りています。

それどころか、原発事故後、節電されていた幹線道路や高速道路の照明は

今は全てまぶしいくらい煌々とついています。

いらないでしょう?そんな明るさ。

車にはヘッドライトがついています。

実際、事故後に節電していた世の中、暗くて歩けなかった、不便で死にそうだったなんていう人

1人もいないでしょう?

24時間つきっぱなしの新宿や渋谷などの看板も

車のライトがなくても走れる程明るいです。

そういうの終電が出たら消せばいいし、せめて太陽が出ている時間は消せばいいと思います。


この世の中、その人によって、正しいと感じる・考える・信じることは違うと思うし

それぞれの生い立ちや環境・仕事上の立場によってもそれは変わってくるでしょう。

だから、自分とは違う考えを、それはどういうことからそう考えるのか

違う角度から見方を変えて考えてみるチャンスだと思うようにがんばってしています。

でも本当はちょっと、腹立たしいです。

「きっと、自分の身内や知り合いに、原発事故の被害者が1人もいらっしゃらないんだろうな

他人事なんだろうな」と思ってしまっているのが本音です。


そして「無責任」は、私にとって許せないことの1つです。

今の原発は「無責任」の固まりだと思います。

電気を作ってくれるのは、とてもありがたいこと。

それがないと現代の生活は成り立たない程です。

でも原子力発電の過程で出る「使用済み核燃料」の処理について

全くメドが立っていないのが現状です。

その昔、原発がたくさん作られた頃は

「そのうち素晴らしい技術が開発されるだろう」という見立てだったそうですが

そんなものは未だに出来ていない。

出来ていないまま、どんどん核のゴミが出ているのが現状。

その処理には数十年どころか、もっともっと長い時間がかかり

今まだ生まれてもいない子どもが大人になって、その処理をしなければいけません。

そんな仕事、自分の子どもや孫に

「社会の役に立つのだから、率先してやってきなさい」って言えますか?

できれば我が子や身内には、そんなキケンな仕事には就いて欲しくないと思うのが

本音ではないでしょうか?


誰か任せ、知らない人が誰かやるだろう、そんな「無責任」の上に成り立っているのが

原発産業だと私は思っています。

そしてこういう発言や考え方は「危険だ」という方もいるけど

原発の方がよっぽど危ないとおもいます。



震災の数年前に原発の町「双葉町」でコンサートを作って呼んでくれた双葉町にお勤めの方は

確かに当時は本当に誇りを持って私を第一原発に案内してくれました。

原発事故後、それまでより交流してきましたが

きっと現場では言えない想いなんでしょうね、読むのも辛いメールももらいました。

苦しくて動機がしてしまう内容でも、その方がされた思いを少しでも知りたくて

寄り添いたくて泣きながら読んできました。

一昨年、その方は癌を発症、一時は全ての癌が消えた!と喜んでいましたが

先日亡くなりました。

町のお仕事として、ご遺体や行方不明者に関するお仕事もしていらして

おそらく現場にも長くいらしたので相当のストレスだったのだと思います。

私はこれも、震災関連死の何ものでもないと思っています。


原発事故で亡くなった人はいない、なんて言った議員さんがいましたが

一体何を見て知っているんでしょうか。

原発事故発生のために、津波の後にまだ生きていた方を探しに行けなかった

そんなことも知らないんでしょうか?

また、亡くならなければいいんでしょうか?

どれだけの人が、住まいを、自分の思い入れのある土地を追われ

未だに帰れなくなっているか。

家族が一緒に住めなくなっている方もいる。

自分の身に置き換えるという想像力が皆無なんでしょうか。


私は今月、原発作業員の中継基地になっているJビレッジに伺います。

事故後からずっと希望してきましたが、なかなか上手く繋がらずやっと実現します。

私が以前教えていた高校はサッカーの名門校で

世界を目指すサッカー部の生徒達がよく合宿などで行っていた場所です。

それが、こんな原発のための場所になってしまっていることは悲しく思っています。

原発は私は反対です。

が、そこで人知れず苦労して

人々のために危険な作業をしてくれている方達を忘れてはいけないし

彼らもある意味被害者になりうる方々だとも思います。

今作業をしている方々は、事故当時携わっていなかった人も大勢いるのです。

そして今後、まだ生まれてもいない人間が、これを担うのです。


音楽が来るのは史上初だとのことで(ホントかなぁ?すでにいらっしゃると思うんだけど)

ホールでのライブを、とおっしゃってくれましたがお断りし

作業員の方々が帰ってくる時間に玄関先で弾くつもりです。

キンモクセイとか花の香りって(まぁカレーもそうですが)

どこから香ってくるか分からないけど、通りかかったほんの数秒フッと癒されるでしょう?

音楽は人にとってそんな役割だと思うし

今回は私の音がそこで大変な思いをしている方にフッと力を抜いてもらえるためのものになれば

それで良いと思ってます。


私の原発に対しての考え、ほんの一部ですが、これがお答えです。


DSCF0072.JPG
私がコンサートに伺ったときの双葉駅



posted by 宮西 希 at 17:31| Comment(0) | 希の考察

2015年03月01日

お弟子さんのうれしい話


私のところに習いにいらしている方々は

中には初心者もいらっしゃいますが

本気で箏と向かい合いたい

すでに他の師匠についたいるのだけど

POPSや私のような曲を弾きたい

箏で自分で作曲・編曲して弾きたい

という方もいらっしゃいます。


よくお問い合わせを頂くのですが

私の楽曲は、販売しておりません。

それは作曲した私の手を離れ

私の想いと違うカタチ・勝手な解釈で弾かれてしまうのがイヤという

私のワガママからです。

絵の場合、アーティストの手を離れても

形を変えずにそのまま、とっておけるけれど

音楽は、もしかしたら想いだけは通じても

譜面だけではなかなか奏法や表現は伝わらないし

まったく音楽がかわってしまうこともあります。


そんなことで販売をしていないのですが

先日、あぁこの方にだったら

私の曲も教えていってもいいなぁ!と思いました。

その方は、本当に遠くから飛行機で通って下さっているのですが

それだけの熱意をお持ちなので

こちらがお伝えすることの吸収力はハンパなく

私の一言、一音も聞き漏すまいと

身体全体、心いっぱいで私の音に向き合って下さいます。

もともと学生の時に音楽を専門的に勉強していたこともあり

練習の仕方も、おそらく普通より効率的なやり方なのでしょう

ここはこういう風に弾くといいんじゃない?とお伝えした個所も

次のレッスン時にはしっかり習得し

他の表現も試したりの研究までしていらっしゃる程。


それだけの方なので

この数年で、地元においてお仕事を頼まれることが出てきました。

そのためのアレンジや奏法などを、レッスン時にお手伝いするのですが

それ以上のがんばりとセンスで、毎回良い作品が出来上がり

ステージでの演奏もきっと素晴らしいものに仕上がっているのでしょう

その後も続けて、どんどんお仕事を頼まれるようになってきました。


これは私にとっても、本当に本当にうれしい話ですぴかぴか(新しい)

そんな彼女のがんばりを見て

先日作曲していらした新しい曲を見ていたら

少しずつ、私の作品もお伝えしてみたくなりました。


もちろん彼女は作曲家でもあるので

どんどん新しい作品を作って、箏で弾いていってほしいし

私がなかなか伺えない地域なので

そういう場所で、箏の良さを伝えていってほしいし

音楽のあったかさをどんどん広げていってほしいとおもっています。


こういう嬉しさって

自分がステージで頂く拍手とはまた違う嬉しさ!


最初、私はステージに立つことが1番好きで大切なことだったので

個人的に教えることは、まったくしていませんでした。

でも、熱心に教えて欲しいと言って下さる方々のお話を聞いているうち

1対1であっても、音を伝えるということには変わりないのでは?

と思うようになり、現在に至っています。


私が死んだら私の音楽も終わり。

伝統音楽と違い、私のポリシーは今でもこれです。

CDなどで残ったとしても

それはその場その時の、空気を通じて、直に伝わるものとは違う

いわば、再現。


だけど、私が直にお伝えした方が

何かしらご自身の音楽に影響を受けて下さって

さらに新しいカタチを生み出していってくれたら

おもしろい!と思うし、すっごく楽しみ!





posted by 宮西 希 at 00:42| Comment(0) | 仕事